『阿波内侍から島倉千代子へ』



               髙野 澄 (著)
第2部
「東京だよ おっ母さん」
第3章
「『新妻鏡』 映画 主題歌 挿入歌」
                    (16~22)
16
「ヨウちゃんにはわかったのだ!」
 日はくれて──                   
 H少年の家、稽古場──
「明かりが、いている」
 法師たちが稽古場の雨戸にとりつき、先頭のバンナかヤマモモか、みえる目の法師がひそやかな声で、うしろにつたえる。
「あ、消えました」
「点いたり、消えたり」
 ヤマモモ、また、ふりかえり、
「雨戸の隙間からそーっとのぞく──のは、よろしいでしょうね」
「邪魔にならぬように」
「Hさんは音をたてぬように警戒している。ワレラも音をたてぬように」
 親王マサヒトが指示するる声は、おおむかし、そのまたむかし、平家と源氏の武者の強欲を利用して戦わせ、ついには共倒れにみちびいた政治家の風貌そのままだ。
 あの死闘の裏では、まるで魔王の作品かとさえおもわれる信西入道の奇策が献じられて功を奏したのであって親王ひとりの作業とはいえないが、それにしても、である。
 耳をそばだてて、観て、きいている法師の一団に気づかないH少年は、本来ならば水田の舞台で演じられる「新妻鏡」の、七里文代と醍醐博の所作しょさを夜の稽古場で演じている。
 パチンとかすかな音がして稽古場が明るくなるのは、自分でゼンマイを巻いたレコードが回転して、映画「新妻鏡」主題歌の冒頭、僕が心の夫ならの音声が出てくる──そういう順序のつもりなんだろう。
 博が文代の手をひいて登場、客席の知り合いにご来場感謝の目くばせをしたいところだが、おやぶんに「それはダメ」と止められているから、じーっと我慢、黒メガネの文代がつまずかぬように気配りのつもりの前後左右へ片方ずつの目くばりで、おもむろに舞台正面へと出て、停まった──つもり。
 博が正面で停まったのを、握った手の感覚で感知した文代、博とおなじ方向に視線をやろうとするが、みえない目の方向が合わない。
 そのいじらしさを観客に察してもらいたい──つもりの演技として、少年はぐるぐると首をまわして顔の向きを変える。
 パチンと音がして、稽古場の照明が消え、隙間からのぞく法師たちには少年の姿がみえなくなる。
 ──文代さんはみえません。視野はふさがれて暗黒、みなさまも、そのつもりになってください。ぼくも、明かりを消して、みえない文代さんのつもりになっているのです。
 観客を暗黒のなかに誘いこむ演技をこころみているつもりのH少年だが、法師たちは少年の狙いを先読みして、一挙手一投足をうしろへつたえている。
「文代と博を」
「ひとりで二役」
「ふたり別々の役者が、おなじ暗闇のなかならば、ひとつにつながれる。その、こころのいきさつを感じてみたい、いや、感じるのが可能なのだと、たしかめたいのでしょう」
「目玉に手先をあてて、かんがえている風情」ふぜい
「手先を目玉にあてる、手先を離す。あてる、離すのくりかえし」

 雨戸の隙間にとりついたみえる法師たちはH少年が手先を目玉にあてたかとおもうと、すぐに外し、また目玉にあての動作をしばらく観察していたが、そのうちのひとりが、
「あれっ、これは・・・」
 不審のおもいを声にしたかとおもうと、目玉を雨戸からひきはなし、片方の耳を隙間におしつけて、うしろをふりむき、手をはげしく振って、
「ここに耳をつけ、きいて、たしかめてくれ、ワレのきいたのが夢ではないとたしかめてくれ!」
 たしかめてくれと依頼された法師、怪訝な表情はそのままで雨戸にちかづき、隙間に耳をおしつけ、とつぜん怪訝な表情になって耳を放して、ちいさく叫んだ。
「わかった、わかったと言ってるぞ。ヨウちゃんはわかったのだと言って、嬉しそうに床で跳ねているぞ」
「ヨウちゃん・・・」
「まちがいない、ヨウちゃん、と。ヨウちゃんはわかったのだと」 雨戸ちかくで、なにやら事件が起きているのを察したらしく、雨戸から法師が伝令に走ったときには、そちらからも走ってくるものがいた。
「親王さまに、おつたえして・・・」
「ヨウちゃんはわかった、Hさんはこう言っているんだな」
「そうだよ、わかったと言いながら、飛びまわっている」

 雨戸から全員がひきあげ、親王を中心に円をつくった。
「少年は手先に黒メガネを持っているつもり、ですね」
「照明が点いていれば博にはみえる、文代にはみえない。照明が消えると博にはみえない、文代にもみえない・・・あれーっ? そうだ、そうなのですよ、親王さま!」
「なにが、そうなのか、説明せよ。いや、説明してくれ、バンナ法師よ」
 うまく説明できるか、どうか、自信はないのですと前置きして、バンナ法師が説明にかかる。

17
「黒メガネは瞳」
 バンナ法師の説明──
 昼でも夜でも、文代はみえない。
 明かりが点いていても、点いていなくとも、文代はみえない。
 醍醐博はどうかというと、昼ならみえるが、夜では、明かりが点いていなければ文代とおなじ、なにもみえない。
 夜でも文代が博をみられるように、愛のつながりを強められるように、文代には娘の瞳があたえられました。
 瞳は娘の名前ですが、瞳そのもの、文代の瞳孔、目玉でもあるとかんがえれば、いかがでしょうか。
 文代が娘にむかって「ヒトミ」と呼びかけるとき、自分が架けている黒メガネにむかって「さあ、わたしの目玉になったつもりで、よーくみてくださいよ」と頼んでいるわけでもあります。

 バンナの仮説にすぐには賛成できない親王や覚一、内侍だが、といって、〈その解釈は成立しない〉としりぞける勇気もない。仮説をたてたバンナ自身も気づかない、なにか、格別の条件があるかもしれないからだ。

 すぐには得体の知れぬ音、いや、地の響きというのがいいか、あたりを満たした。
 親王や法師たちが不安の顔をみあわせ、だれかが、
「ああ、これは!」
 さけんだのが合図となって、一同は納得した。
 得体の知れぬ音、地の響き、それは冥界に居残っている大勢の法師たちと浮世のH少年の家の稽古場の一同とのあいだに往復のこころの信号がつながり、「こちら冥界では、バンナ法師の仮説をやさしく解きあかす名案が浮かんできましたよ」と嬉しそうに、いや、優越感にあふれた発信開始の合図なのだ。
 マサヒト親王、切羽せっぱつまった重苦しい状況をやわらげてやるぞというのか、ユーモアの風情たっぷりに、
「ワレに先に言わせてもらう。言わぬままでこの世を去るのは耐えがたく苦しい・・・」
 ──ワレのユウモアを理解できるなら、笑うのはいまのうちだ。理解しておって笑わぬは卑怯なり、理解できぬから笑わぬは愚かなり、どちらにせよ、さーて、諸君は笑わねばならぬ。
 そんな前置きをしたこころづもりで、さて、言おうとした親王の口をムンギュと塞(ふさがせるタイミングで、爆笑が起った。
「親王さま、クル──クル──苦しくて、たまりませぬ!」
「ワレがなにも言わぬうちに笑うとは──さては、ワレの名案はさほどに奇論なりと理解したのじゃな!」
「ちがいます、親王さま」
「ちがう?」
「この世を去るまえに、とおっしゃいますが、失礼ながら親王さまはとっくのむかしにこの浮世をお去りになっておられます」
 マサヒトの顔が青黒く硬直したが、すぐに薄い朱色、ふつうの色にもどり、
「途方もないまちがいをしたが、どうかな、これはこれで、笑いのタネとしては上等ではないかな?」
「上等このうえなし──まずはさように評しておいて、親王さま、Hさんの稽古の様子を知らせていただき、こちら冥界ではどのようにかんがえればよろしいか、あれこれと議論し、とりあえずまとまったあたりをお伝えいたします。ご参考になさってください」

 天から新しい信号が降ってきた。
「カズサさん、カズサ法師ですね、その信号は!」
「カズサ法師です。内侍さま、マサヒト親王さまの身辺警護、さぞやお疲れかと案じておりますが・・・」
 内侍がこたえようとしたのを遮って、親王が、
「ワレの身を案じてくれるのは、そちら、冥界ならばこそ、だ。こちら浮世では、ワレの世話など必要ない。ワレながら不思議なことに、急ぎ足で歩くぐらいでは疲れもせぬ、つまずきもせぬ」
 カズサ法師は親王の言葉を自分にたいする勇気づけの誘い、激励あるいは挑発とうけとったにちがいない。
「それはよろしゅうございます。さーて、そちら浮世のみなさま、七里文代の黒メガネについて、夜の稽古場の床のうえで、H少年がどのようにかんがえるにいたったか、ワレラ冥界の法師たちが検討した議論の結果をつたえしましょう。わかりやすいように、七里文代から醍醐博への説明のかたちを借ります」

 七里文代の名を借りた冥界法師たちの議論のあらまし、「わたくし」は文代の自称。
 ──黒メガネはわたくし、七里文代が生きているのはここですよと、あなた、醍醐博さまにお知らせする合図のしるしなのです。
 あなたの愛を、ここで、全身でうけとめる文代はここにおりますよと知らせるしるしなのです。
 あなたを愛し、あなたに愛される七里文代はこの黒メガネの奥に生きていて、メガネを通してあなた、博さまをしっかりとみております。
 ふたりのつながりの片方の端にはあなたが、もう一方の端にはわたくしが生きていて、わたしがここにいるしるしが黒メガネなのです。
 黒メガネを付けても、付けなくても、わたしにはあなたの姿、あなたのカタチはみえません。だから黒メガネは、わたしには役にたたちません。
 こう言うと、役にたたない黒メガネを、なぜ、わたしは架けているのか、不思議におもわれるでしょう。
 稽古場で、わたしの踊りを真似しようとしているHさんも、これが理解できないから、なんとしてでも理解したいものだと懸命に真似なさって、とうとう、ようやく理解できたのです。
 チャンスがありましたなら、あなた、わたくしからのお祝いの言葉を、H少年につたえてください。
 わたくし、七里文代は、神さまから娘の瞳が贈られました。瞳はヒトミという名の人間の女性ですが、わたくしの目玉──ヒトミ──そのものでもあります。
 わたくしが産んだ瞳はあなたにもみえます、わかります。
 けれども、わたくしの目玉の役の瞳は、あなたにはみえません。だからわたしは、あなたのために、あなたがわたくしをみえるうに、黒メガネを架けて、しるしにしているのです。       あなたと、わたくしとのあいだにあって、あなたとわたくしとをしっかりとつないでいる、ながくて大きいつながり、むこうの端があなた、こちらの端がわたし、それが黒メガネなのだといってもいいでしょうね。

 冥界の法師一同の解釈をつたえたあと、カズサは「これはわたし個人の解釈としてきいてください」と前置きして、つぎの言葉をつたえてきた。
「文代は娘の瞳をあたえられたうえに、黒メガネもあたえられました。黒メガネは喜一をあざむく手段ともなりました。文代に娘を産ませたのが喜一のミスでした。文代は瞳という名の娘の存在を通じて、喜一の悪行をみることができたから喜一に対抗できた、そのようにかんがえるのはいかがでしょうか、親王さま」
「母と子──浮世でもっとも深く、強く、尊く、美しいつながり。みごとなり、カズサ法師よ」
 まだ言い足りぬとおもったのか、親王は、
「もっとも深く、強く、尊く、美しいつながりである母と子のつながりが他人のちかの介入によって絶たれるならば、その苦悩と傷みを言いあらわすにはふつうのことでは不可能」
 親王は念をおす。
「だから新しい言の葉が必要、優れた歌謡は新しい言の葉の母胎としてもっとも優れている──こういう理屈が、カズサ法師よ、成りたたぬものかな?」

 小説と映画「新妻鏡」についてあれこれとしらべて、映画にはもうひとつ、第二の主題歌または挿入歌といわれる「目ン無い千鳥」があり、これもさかんに唄われたのを調べて知ったいま、ここで覚一や親王、内侍につたえておくべきか、どうか、カズサは迷っている。
 H少年は「目ン無い千鳥」にはぜんぜん関心がないようだが、自分は知っている。そのズレ、くいちがいを説明するのに手間取ると、いくら時間があっても元へもどれなくなるのではないか、そういう不安と迷い。
 カズサの、多忙をきわめる事情を知らぬ親王、自戒をやぶりかけたうしろめたさを解消したい狙いもあって、
「カズサさん、なにやら深い事情をご存じの様子、ワレラにはなしてもらえぬかな」
 これぞ渡りに船、救われたおもいが薄れぬうちにとカズサは語りだした。

18
「サトウハチロー」
 カズサの説明、つづく。
 ──佐藤惣之助とサトウハチロー、苗字はおなじ佐藤でも血のつながりはなさそうだが、詩人の人生ではかかわりが深い。
 惣之助が詩人の人生を歩みだしたときにはハチローの父の佐藤紅緑こうろくを師としてあおぐ関係だった。佐藤紅緑は劇作家、少年文学の書き手として有名、代表作『ああ玉杯ぎょくはいに花うけて』がある。
 レコード歌謡の作詞家としての佐藤惣之助の名ははやくから知られていた。
 純粋詩と歌謡詩との関係をテーマにして『詩と歌謡の造り方』というタイトルの文章を書いこともある。後輩をそだてる目的あってのことだろう、歌謡作詞家という職業の開拓者のひとり。
 コロンビア、キング、ポリドールなど複数のレコード製作会社からの注文で詞を書いてきたが、「新妻鏡」の大当たりをきっかけとしてコロンビアの専属となる。一年間で二百以上の詞を書いたことがあるとみずから語っていたそうだから、人気ナンバーワンの歌謡作詞家だった。
 惣之助を追いかけるようにレコード歌謡の業界で名を出したのがサトウハチローだ。
 父の高名におぶさるところが多かったのはもちろんだが、息子のハチローにあって父の紅祿や佐藤惣之助、ほかの作詞家にないもの、それは楽譜を読め、ギターを弾けるちからだ。
 ハチローは浅草の軽演劇に関係した経験があり、楽譜を読めるちからを身につけていた。浅草の演劇人とのつきあいがハチローの詩人としての活躍の広場となっていた。
 レコード会社からの注文の歌詞をつくりながら、その歌詞を唄うレコード購買者の気持ちになってギターを弾き、メロディ、リズムを口ずさんでいた。唄いやすい歌、おぼえやすい歌がうまれる条件にめぐまれていた。

19
「挿入歌」
 バンナ法師とヤマモモ法師の問答。
「惣之助もハチローも、小説と映画のあらすじ、文代の目は治療してもみえるようにはならないのは知っていたのでしょうね」
「知っていたはずだ、そうでなければ作詞はできぬ」
「惣之助の詞は小説や映画の筋そのまま、ですね」
「そのままの詞を書いてくれと注文されたのだろう」
「ならば、ハチローには?」
「小説や映画の筋書きに沿った詞は惣之助が書く、ハチローは、あんたは筋書きから離れたスタイル、センスの詞を書いてくれと注文されたのではないかな。あんたにあって惣之助にはないセンス、才能を発揮してくれよと」
「惣之助は主題歌、ハチローは挿入歌」
「おなじ映画に、なぜ、主題歌と挿入歌、ふたつ別々の歌が付くのか、かんがえたことはなかったが、なるほど、そういう違いがあるわけだ」
「レコード会社には頭のいいひとがそろっているんだ!」
「自分が作詞家ならばと仮定して作詞家と作曲家をえらび、注文できる」

「くやしい!」
 内侍が発した悲嘆と感嘆の混じったコトのハだ。
「わたくしが安居院唱導の主として平家亡魂の慰霊をしていたとき、このような智恵を知っておれば・・・」
 いまさら取り返しのつかぬおもいが悲嘆となり、しかし、おぼえやすい歌、唄いやすい歌をレコードにして大量に売りさばく現代芸術世界に触れた羨望まじりの感嘆だ。
 ──わたくしは二葉あき子になりたかった!
「あなたが浮世に生きた時代にはレコード製造の技術はなかったのです。おぼええやすい歌、唄いやすい歌を平家亡魂にきかせてあげられなかったのはあなたの落度でも懈怠でも、なんでもありませんぞ、内侍さま」
「なぐさめていただき、ありがとう」
「むしろ、この先に、もういちど阿波内侍の登場、活躍の場がある、そのようにかんがえては、如何?」
 バンナの慰めにつづいて、ヤマモモ法師も、
「平曲を語って稼いでいたワレラは、あなたとは反対、あのころにレコードがあったならば稼ぎは減ってしまい、すきっ腹をかかえたままで浮世から冥界へ苦しく辛い旅をしていたはず」
 親王が割ってはいって、
「Hさんは挿入歌「目ン無い千鳥」は知らない、いや、知っていても唄いたくはないのか、それはともかく、ワレラとしてはまず「目ン無い千鳥」の曲を知り、聴いてみて、唄ってみて、それから議論をかわすべきではなかろうか」
 親王の提案に、まずは覚一が、つぎには冥界のカズサが飛びついた。
「わたくしどもも入れてください、議論に参加させてください」
「カズサ法師よ、大歓迎だ。いますぐに飛んでこい!」
「ご命令、ありがとうございます。ならば・・・」
 カズサ法師が舞い上がり、こちら浮世めざして飛行するざわめきがきこえてきた。
 カズサ法師ひとりではない、すくなくとも十五人の法師がいっしょに飛び上がり、東の空への飛翔をはじめたようだ。

「ところで内侍よ、あなたは?」
「親王さま、もうすまでもございませぬ──ああっ!」
「どうした、内侍よ」
「じじさまが・・・」
「じじ・・・まさか信西しんぜい入道が?」
「信西です、入道です、じじさまです」
「信西が娘の内侍に・・・?」
「娘ではなくて孫娘です」
「ちいさなまちがいにはこだわるな。その孫娘に、じじの信西がなにを言ってきた?」
「歌謡曲の楽譜を読む能力があるのはヤマモモ法師ひとりである。ヤマモモは、いま、そちらへ行って稽古場のH少年のうごきを観察しておるのに、覚一さんもマサヒトさまも気づかぬとはなんと愚かであることよ、と」
 内侍の言うのがおわらぬうち、覚一は手のひらで額をたたき、冥界の信西入道に指摘された恥をみとめるしるしとした。
「ヤマモモさんよ、とんでもない失礼をしてしまった。ワレを軽蔑なさってくだされ。そのうえで、お頼みだ、ワレラにちからを貸してくれ、「目ン無い千鳥」の楽譜を読んで、いろいろとおしえてもらいたい」
 ヤマモモが、
「子供のあそびの目ン無い千鳥の前後、歌謡曲や童謡の全般について、わたくしヤマモモ、できるかぎり調べるつもりです。その結果もすべて披露して、よろしゅうございますか?」
 はりきって申請すると、親王も胸をはって、
「よろしいどころか!」

 そうしてから、またまた親王は、冥界に居すわったままで浮世に指示をあたえようと画策しているらしい信西にたいし、はげしい反抗の姿勢をしめす。
「憎らしや信西め。さほどまでに孫娘が可愛いくば、なぜワレラといっしょに天空飛翔して、いま、ここにおらんのか!」
 憎らしやとはいいながら、その実、天才的な政治学者、文人としてさまざまな献策をしてくれた信西入道を愛し、信じていたむかしのわが身がいとおしくてたまらぬ。

 覚一がひきいていた平曲語りの法師のうち、ヤマモモ法師とその一団は特異な存在だった。
 ヤマモモはみえる目をもって生まれたが、暮しの途を手に入れるのに失敗、琵琶を弾いて平曲を語り、平家亡魂を慰霊して稼ぐ生き方があると知った。
 みえぬ目の仲間をあつめ、平曲弾奏の稽古をし、琵琶法師の仲間入りして生きようとした。
 ところが、琵琶の稽古をしようにも、琵琶を借りるカネの工面がつかない。
 それでもあきらめず、みえぬ仲間をふやし、ビィーン、シャーラーンと口から琵琶の音を出して琵琶の稽古のつもりでいるうちに、どうやら弾奏の雰囲気を出せるようになった。
 みえる目のひとに目をつぶって聴いてもらったところ、
「明石覚一の仲間は多いが、あなたがたの琵琶なしの平曲弾奏はカレラに勝るとも劣らぬ。こういうからとて、追従ついしょうでもない、おためごかしでもない」
 称賛された悦びが薄れぬうちにと、仲間をひきいて京都の高倉通の一方派の宿をたたき、琵琶なしに平曲語りの稽古をかさねた結果を審査してもらい、「みごとなり」と入門を許可してもらったのがヤマモモ法師と仲間の一団だ。

 稽古場の雨戸から呼びかえされたヤマモモ法師、冥界の信西入道が楽譜読解の才能を誉めちぎったと告げられ、照れくさい様子のうちにも悦びは隠さない。
「学問と芸術、ふたつの世界でならぶひとはいないとの評判はうかがっておりました。このような次第で信西さまの知遇をいただくとは、おもいもよらぬ名誉」
「謙遜はよろしいが、時間はない、急がねばならぬ」
「「目ン無い千鳥」の楽譜読解の件、承知しました。ところで親王さま」
「ふん?」
「楽譜は、どこへ行けば?」
「案じるな。冥界では無力なワレでも、浮世にもどったいまは法皇経験者のマサヒト、レコード歌謡の楽譜を手に入れるぐらいは容易なこと」
 さーっと手をふると、背広にネクタイ、革カバンを肩にかけたサラリーマンスタイル満点の中年男が、ふんわりと、どこからともなくあらわれ、ひれふし,
「マサヒトさま、おん前に」
 カバンから出した薄い冊子のうえに背広のポケットから出した名刺をかさね、親王に奉呈する。冊子は一見して楽譜とわかる。
 名刺を一瞥いちべつして、親王、
「コロンビアレコードの者か、念のう早かった」
 親王の「念のう早かった」に明石覚一がすばやく反応し、みえぬ目玉をぎょろぎょろぎょろうごかして、
「こりゃ、まるで、春日大社の狂言を聴いているようだ!」
 はやくも成功をいわう気分を披露した。

20
「チドリ 千鳥 弱いもの」
「お待たせ」
 軽い感じのあいさつと共に、カズサ法師が舞い降り、到着した。
 到着のあいさつもそこそこに、小鳥のチドリや目ン無い千鳥についておよそのことがらの説明にかかる。
 ──チドリを弱いもの、哀れむべきものにたとえる風習はむかしからありました。
 チドリのチに「千」の字を当て、いつも多数で群れをつくって飛ぶのは弱いからだと印象づけるわけです。
 イワシを弱い魚の典型に見立て、「とかくイワシは群れたがる」という言い方がありますが、それとおなじですね。
 チドリのあしゆびは前の三本だけ、うしろの趾はないから地面を歩くにも木の枝につかまって休むにも不安定でヨロヨロしていると想像し、これもまた弱い小鳥の印象を強くしています。千鳥足という言い方が出たのはここからでしょう。
 じっさいのチドリは飛翔力も歩行力も強いんだそうですが、にもかかわらず、弱いイメージをおしつけた人間にたいしてチドリは立腹しているにちがありません。
 ヨロヨロと歩く印象の原因として、目が悪い、または目がないからだと、これまた人間が勝手に解釈して、目ン無い千鳥という言い方と、子供のあそびの「目ン無い千鳥」がうまれました。
 室町むろまち時代に、子供たちがジヤンケンをして、負けたひとりを「目がない子供──目ン無い千鳥」にきめ、その子に目隠しして意地悪を集中してあそぶ戯れがはじまったようです。
 子供数人が目ン無い千鳥をかこみ、だれかひとりが突っついて一斉に逃げ、突っついたのはだれかと当てさせるあそびも目ン無い千鳥です。
 ひとりの子に目隠しをして、からだをグルグルと回転させて方向感覚をにぶらせ、停まったところを数人がぐるりと囲んで目ン無い千鳥、チンチドリ、うしろの正面だーれと囃しながらうしろにいる子の名を当てさせるのもありました、千変万化のやりかたがあるのが目ン無い千鳥ですね。
 数人ずつ二組にわかれ、向かい合い、植えて嬉しい花いちもんめと囃しながら接近し、離れ、をくりかえし、
  あの子が欲しい
   あの子じゃわからん
  ダレダレちゃんが欲しい
  指名してダレダレちゃんを奪うのもチドリあそびの変種でした。

「室町時代というと・・・」
「マサヒトさまは早いうちに冥界へおゆきになって体験なさいませんでしたが、ワレ明石覚一こそ、浮世の室町時代をたっぷりと生きたものです」
「遊び仲間のひとりを意地悪の対象とし、目ン無い千鳥などと言って軽蔑し、人並みはずれにしたとても、みえるひとはみえる、みえぬひとはみえぬ、いまもむかしも変わりはなし。こころを強く豊かにみがいているか、どうか、その相違が、みえる、みえぬの相違となる」

 カズサ法師のはなし、つづき。
 ──チドリという言葉は小鳥のチドリよりも、目ン無い千鳥のチドリ、子供の無邪気なあそびの小道具のチドリ、おとなの粋なつもりのあそび言葉として使われました。
 いまの時世でも、チドリがどんな小鳥なのか、千鳥の姿を目でみた印象はないが、チドリという言葉は知ってるぞというひとは意外なほど多いはずです。チドリあそびの影響なのですよ。

21
「弱いものに惹かれる気持ち」
 カズサ法師とヤマモモ法師、ふたりの討論の結論といえるようなものがみえてきた。
 ならば、討論はこれで終わってしまうのかなと、失望、がっかりの雰囲気が湯気のように沸きあがった。
 ──もう、ちょっとだけ、つづけられないのか?
 ──このまま終わるのは勿体もったいない!
 ──たれか、だれか、智恵を出してくれ!
 ──智恵だ、智恵があれば討論はつづけられる!

 勇気ある法師があらわれた。
 勇気だけではない、智恵もあったのだ、その法師には。
「チドリ遊びはチドリ虐待だ、意地悪だ、競争相手の組から、ひとりだけ弱い子を選び、自分の組の捕虜にするんだから──こういう理屈でチドリ遊びは虐待だ、意地悪だと非難されたと仮定すると、さあ、どうしますか?」
「さあ、どうしますか?」──仮定の問題として提案したところにこの法師の智恵があった。言い方がやわらかく、バンナやヤマモモのみえる目に映った表情には親和の色があったから、言い争いにはならない。
「すくなくとも、こちらの組にはその子に意地悪する気も虐待する気もないとすれば・・・」
「その気はないのに、「花いちもんめ」では、その子が欲しいと指名しますね、なぜ、その子なのでしょう?」
「目立つ・・・から?」
「目立つから、では、ないな。目立つ子はそもそも強いんだから、意地悪の相手にはならない。弱い印象の子だからこそ欲しいと言われる。欲しいと言われるか、言われないか、その違いはどこから出てくるんだろう?」
「あ、いますぐに答えを言わず、一歩まえにもどって、こちらの組にその子が欲しいと言わせる、言わせない、その違いはどこから出てくるのか、それを先にかんがえれば・・・」
 まだ名の知れぬ法師──カレはみえる法師だ──の視線がヤマモモにそそがれた。
 ──さあ、ここまでくれば、あなたの答えはできあがっておいでのはず。
 新登場の法師は、ヤマモモ法師に回答の準備ができたのを察知し、「どうぞ」と、あごのあたりの表情でうながしている。
「弱い印象のその子に気を惹かれているから、でしょう。自分にはその気があるから、こちらの組に招いて保護してやりたい。第一に大切にしているのは、弱い印象の子に惹かれる自分の視線、第二が弱い印象のその子、第三が弱い印象のその子と自分との、こころのつながり」
 ヤマモモ法師の感嘆の表情を確認して、名の知れぬ法師は早口で言った。
「その子は宝物、こころのつながりの片端に宝物、こちらの片端に自分がいる。目ン無い千鳥のあそびは、弱いものに惹かれ、つながりたいと切望するひとの願望が基本なのですね」
 ぐどいようで、失礼になるかもしれませんがと断って、新登場の法師は、
「弱いものに惹かれる気持ち、それを、なんと表現すればよろしいのかな」
「美しいもの、尊いもの、だから大切にしたい。強いものを嫌って遠ざかるには弱いものに惹かれるこころを大切にするのがもっとも効き目のあるやりかたと知っている」
 カズサ法師が自分の出番と気づいたのだろう。
「映画の挿入歌は奥深いちからを持っているんですね、おどろきました」
 言って、すぐ、
「ああ、わたし、カズサ法師」
 先に名乗ったのは新来の法師の名を知りたかったからだ。
「もうしおくれました、シンミ法師・・・ですが、当道座でいただいた名ではありません」
「そりゃ、そうでしょう。当道座は解散させられ、いまでは影も形もないのですから」
 カズサは何気なく言ったが、言ったあとで、自分の言葉の重大な意味を知った、失言というべきかもしれない言い方だから。
 カズサの恐怖を、新来の法師はやわらかくうけとめてくれた。
「唐の語で読めばシンビの年、和語で読めばカノトヒツジ、文字に書けば辛抱シンボウシンいまだのの年に当道座は解散させられました」
 だれの声だろう、ヒーッと息をのみこむ音がした。
「当道座の勾当として人並み以上の暮しをしていた祖父は没落、たちまち路頭に迷い、まもなく孫のわたしが生まれましたが、飢えに迫られる日々のうちに祖父も父も死にました。祖父の遺言、それがシンビの年を忘れるな、でした。ムツヒト親王を憎め、恨めとはいわぬが、当道座が解散させられたシンビの年だけは忘れるなよと。あ、忘れましたが、父とわたしはみえる目をもって生まれました。ですからわたしはシンビ法師と勝手に名乗っています」
 地面をふみつける足音がして、マサヒト親王がシンビ法師にちかづき、
「シンビの年、当今とうぎんは?」
 マサヒト親王の背中から、
「第百二十二代ムツヒト親王さま、即位なさって四年」
「ワレは、えーと・・・」
「第七十七代でございます」
「さよう、七十七代。忘れてはおらんが、おぼえているともいえんな。おぼえていても、なんの役にもたたぬ」

22
「ムツヒト親王 いま どこに?」
 マサヒト親王が「ワレは何代目の当今(天皇)であったのか?」とたずねたのはこれで二度目だ。
 個々の天皇のあいだに記憶力の差はあるのか、どうか、たしかなところはわからないが、粗末にはできない神聖な数字である、いちど教えられればきちんと記憶しているはずだ。
 それを、一度ならず二度までもたずねたマサヒト親王は、失礼ながら、よほど記憶力が弱いのかと疑わざるをえない事態になったが、ご本人は呑気な様子、新参のシンビ法師に「ワレは七十七代だそうだが、おぼえていても、なんの役にもたたぬ」と気楽にこたえている。

 親王の、あくまで気楽な回答に耐えられなくなったのか、シンビ法師はグイッと一歩をちぢめ、
「お願いです!」
 おどろいた一同、ふたりのあいだに割ってはいろうとしたが、親王は手をふってさえぎり、
「シンビさん、とおっしゃるか、ワレに願いごととは?」
「当道座を復活!」

 バンナが覚一の肩をたたいて背を押し、覚一がバンナの両手をにぎって前にひっぱり、三歩、四歩とすすんでシンビ法師と親王のあいだに割ってはいり、
「ワレラふたり、シンビ法師とあわせて三人、当道座復活の件、お願いもしあげます!」
 地面ちかくに、キュッと、ちいさい音がした。
 ──親王さま、なんとお答えなさるかしら?
 親王の「よろしい!」という答えを期待して、阿波内侍が思わず知らず十本の指をにぎりしめた摩擦音だ。

 内侍の期待ははずれた、十本の指の摩擦音はむだになった。
「ムツヒトに会って、当道座は復活すべきであるといえば、さようですかなと同意してくれるだろうが、ムツヒトに会うのがむずかしい、ほとんど不可能」
「なぜ?」
 覚一の、尊敬用語法を無視した言い方を咎めよともせず、
「ムツヒトは、その・・・」
「はあ?」
「浮世に生きてはおらんのだな?」
「お亡くなりです」
「ならば、いま、どこに居る?」
「冥界に・・・あ、いや、それは無理か」
「浮世から冥界へ行くには時間がかかる。三途さんづの川の向うに冥界があるなどというのは俗説。いまといういま、どこに居るのかわからぬムツヒトに面会して当道座復活を提案するのは不可能」

「シンビさん、これから、どうなさる?」
 一同を代表するかたちで、内侍がシンビ法師にたずねた。
 たずねたあと、あまりにも紋切り型の質問と気づいた内侍が、こんどは丁寧に、こころを籠めて、
「このままでは、退場できません、よね?」
「はあ」
 舞台にあがったのはいいが、なんという、どういう役なのか忘れてしまった役者のようにウロウロするシンビ。
「わたくしたちといっしょに、いかが?」
「はあ」
 こういう、じつになんともあいまいないきさつで、シンビ法師が仲間になった。
 マサヒト親王はニコニコとして、このさき、なにがあっても動じるものかと腹をくくったようだ。
                     (第2部-3・終)