『阿波内侍から島倉千代子へ』(第2部-4章)



               髙野 澄 (著)
第2部
「東京だよ おっ母さん」
第4章
「見えずとも きっと見えます 見えました」
                    (16~22)

21
「ヨウゃんは元気 ほがらか」
 A県のC村は農繁期となり、青年団の面々は素人芝居にまわす時間をとれなくなった。
 H少年の姿は稽古場ではみえなくなった。C中学校の軟式庭球コートで、ほとんど毎日のようにラケットをふっている。
 映画「新妻鏡」の主題歌「新妻鏡」を唄うのはやめないが、寝ても醒めても唄っていると形容するのは適当ではなくなった。
 稽古場で唄っていたのは、唄うというより、むしろ怒鳴る唄い方だったが、いまはゆくりと、歌詞のニュアンスを噛みしめるように唄う。
 一節の区切れに、そばにひとがいてもきこえるか、どうかをたしかめているのか、小声で「ウン」と入れる。

 ヨウちゃんはあいかわらず元気、ほがらか、ときにはお母さんといっしょにH家の農作業を手つだう。
 ヨウちゃんの片方の目しかみえない視線が、ときどき、ずーっと遠くまでのびるのを、H少年は横からみて、知っている。
 ──ヨウちゃんはこういうふうにして、お父さんをしのんでいるんだな。

22
「冥界と浮世で討論」
 映画「新妻鏡」には主題歌「新妻鏡」のほかに挿入歌「目ン無い千鳥」があったが、H少年はこちらに興味はないようだ。
 しかし、天空から飛翔、降下した琵琶法師グループはこちらについても調査、研究しなければ見えずとも きっと見えます 見えましたの一句の意味も理解できないと、奮闘をはじめた。

 室町時代にはじまったらしい子供のチドリあそびと、映画「新妻鏡」の挿入歌「目ン無い千鳥」の関係をめぐって、冥界と浮世の二手にわかれた一統の討論はしずかにつづく。
 冥界から飛翔し、浮世のC村に着地したマサヒト親王、阿波内侍、そして明石覚一を頭とする法師グループ。
 騒ぎをおこさぬかぎりC村のひとには気づかれないが、慎重を期した明石覚一の指示にしたがって、まもなく東京にうつり、もっぱら浅草を拠点としてそれぞれの稼ぎをしながら、十日に一度ぐらいにあつまり、討論にくわわる。
 浅草の街のぜんたいが大衆演芸の檜舞台だ。歌謡曲や映画、軽演劇、オペレッタなどの舞台の変遷といったテーマの観察、研究、そして討論会に浅草ほど適した場はない。
 みえるバンナとヤマモモは図書館に日参の日々がつづき、歌謡曲、童謡の関連資料に目を通して、
「おっと、そうか!」
「ちがうな、やりなおしだ」
「とすると・・・」
「やむをえん」
 苦労の様子はみえるが、おおむね順調のようだ。
 暮しは浮世のひととはちがうが、小銭こぜにがなければならぬ事情はおなじ。
 そういうとき、どうするかというと、懐のあたりに温かい空気のかたまりが感じられ、小銭入りのふくろが放りこまれている。阿波内侍の懐にも布袋が。
 親王からだとおもわれるが、だれも真相は知らず、気にもかけない。

 冥界から浮世へ、交信の窓口の役目はハモリ法師が担当する。
 浮世の醍醐の日野に平重衡しげひら夫人の妹の屋敷があった。
 長門の壇ノ浦で捕虜になった重衡の夫人は建礼門院徳子や阿波内侍といっしょに京都におくりかえされ、しばらくは日野で妹と同居し、奈良で切られた重衡の頸をちかくに埋めて頸塚とした。
 それから大原の寂光院へゆき、阿波内侍ととも建礼門院徳子の平家一門の亡魂慰霊をたすけ、亡くなった。
 重衡頸塚のちかくに住んでいたのがハモリ法師の先祖である。
 一言寺に近いから内侍の平家亡魂慰霊にかかわりがあり、内侍と重衡未亡人が大原に移ってからは安居院系慰霊の醍醐出張所のような役割をはたしていた。
 『平家物語』の「先帝身投」の節を哀切、微妙に語るハモリの腕前は評価が高く、「魂はひとりにひとつ、別々に」の慰霊原則をまとめたハモリの功績も忘れられてはいない。

23
「カナリヤ カナリア」
 浮世と冥界のあいだに交わされる討論といっても、堅苦しいものではない。
 浅草の、二部屋の借家で暮している。
 となりの部屋の様子はみえないが、声や音は目でみるようにわかるから、理解が早い。
 そのかわりに、ほんとうは正しく理解していないのに理解されたつもりになって、気がついたら長い時間と手間かけて後戻りしなければならぬ悲喜劇がおこらぬ保証はない。

 浮世と冥界との通信、たとえば、ある日は、このように。
 ──ヨーロッパやアメリカの文化がはいってきて、児童の歌は様変わりした。
 ──政府の文部省が児童の音楽教育を独占し、「唱歌しょうか」「学校唱歌」という名の官の権威による音楽教育がおこなわれたが、それに並行しながらも、文部省に気兼ねしない民間の音楽家がハイカラな──
 ──ハイカラ──なんじゃ、それ?
 ──成年男子がセビロの下に着るホワイトシャツ、略してワイシャツの襟、それをカラーといい、おもいっきり幅を高くしたカラーをハイカラー、略してハイカラと呼んだのにちなみ、欧米ふうの服装や言葉遣い、暮しをハイカラとよんだ。英語のハイは高いという意味、低いはロウ。煎茶や抹茶はふるくさい、コーヒーや紅茶はハイカラすなわち新しいと、こういうわけ。あ、レコード盤に収録するのも落語や講談はふるくて、歌謡曲や賛美歌ならばハイカラ、唱歌は政府が指示して役人が担当するから、ふるい官製の唱歌とは別に、新しい詩人たちのつくる児童のための「童謡」という名称の詩がハイカラな詩となった。
 ──ワレの遠孫えんそんでかぞえると、何代かな?
 ──第百二十二代ムツヒト親王さま。ムツヒト親王さまの代から一世一元いっせいいちげんのきまりとなり、ムツヒトさまの天皇尊号は「明治」、ご治世の元号も「明治」ときまりました。ついでながら、そして、おそれながら、マサヒト親王さまは第七十七代でございます。
 ──おぼえてはいるが、なんの役にもたたぬ。それにしても、一世一元とはおもいきったことをやったものだ。天地あめつちのうごきを人間の都合で区切って名前をつけるとはな。
 親王が目をつぶり、じーっとみているのは自分が浮世で奮戦していた平安時代か、でなければ、童謡という名の新しい児童音楽が官の手とは別のやりかたで生まれてきた、末裔ムツヒト親王の時代だろうか?
 ──おそろしい。だが、くわしく知りたい。官の手ではなく、民の手によって歌謡曲や童謡、レコード音楽など、ワレラにはおもいもよらぬ新しい音楽をつくった魔法のごときちからの実態を。

 別の日の、別のテーマをめぐっての討論はこんなふうに。
「チドリ、チドリあそびの時代はおわり、カナリヤが登場します」「カナリヤ、それも小鳥だな、ならばわかりやすいはなしになりそうだ」
 親王は身構え、ヤマモモ法師が説明にかかる。
「カナリヤという名の小鳥が輸入され、愛好家にさかんに飼われました。カナリヤ、またはカナリア。美しい声で鳴くのが珍重されたのです。スズメよりすこし小さい、黄色の小鳥、金糸雀という漢字の名もつくられました」
「スズメの声は美しいとはいえぬ」
「スズメは唄えない。カナリヤは綺麗な声で唄い、綺麗な姿をみせてくれる。綺麗な声で唄うカナリヤが、もしも唄えなくなったら──と発想した詩人があらわれました」
「あっぱれ、それが詩人というもの。寝ても醒めても奇想天外にかまえ、余人にはおもいもよらぬ言葉をつくる」
「ムツヒト親王はすでにご逝去、皇子ヨシヒト親王が即位なさって七年目」
「ヨシヒト・・・」
 マサヒト親王はちいさくつぶやいた。
 血のつながりの神聖は避けられないからヨシヒト親王の即位は記憶にとどめるが、できることなら、唄えなくなったカナリヤの童謡に、その詩人はなんという題名をつけたのか、そちらを先に知りたかったのにと、欲が出てきた。
「詩人の名前は西條八十さいじょうやそ、文部省とは関係ない民間有志の童謡雑誌「赤い鳥」に童謡を発表したのです」
「できあがった詩に、これまた貴重珍重、「目ン無い千鳥」の印象を先取りするかのような題名もつきました」
 だれかが、喉を鳴らした。
「その題名を、はやく!」
 ヤマモモ法師がぽつんと「かなりや」と言い、作曲は成田為三とつけたしただけなのに、親王がうけた感動と衝撃は強烈であったにちがいない。
「かなりや!」
 しばらくは口もきけない様子だったが、気をとりなおし、
「単純そのものの言葉なのに、音も色も、熱も香りも、すべてを満たしておるな!」
「レコードになっているのかな、いや、ヤマモモさんがおっしゃるのだ、レコードになっているにきまっている」
「H少年の稽古場には?」
「一枚もありません。青年たちがたくさんのレコードを持ちよってきましたが、ほとんどはおとなむけの歌謡曲、「かなりや」は童謡です、子供むけの歌です、農村部ではほとんど売れなかったのでしょう」
「ヤマモモさん、いま、ここで・・・」
 内侍の言い方は熱にうかされた病人のよう。
 ──ヤマモモ法師に「かなりや」を唄ってほしいけれど、この世のものとはおもわれぬ貴重で神聖な歌を唄ってもらうのに、この場はふさわしいのか。
 ──ワレラはなにか、たいへんな間違いをやりかけているのではないか。
 ──ワレラが聴いて、ばちがあたりはせぬか。
 一同はそんなことをおそれている。
 口に出しては言わないが、たぶん、親王も同感だろう。
「ワレが唄って、おきかせいたしましょうか?」
 ヤマモモの、わざと軽みを装った言い方には、一同のをふっきらなければ一歩もまえにすすめないと知ってしまった苛立ちがあった。
 ヤマモモは立って、唄う。
 みえぬ目を天にむけ、子供にもどった自分を想像して、こころをこめて、唄う。

「かなりや」
唄を忘れた金糸雀かなりやは うしろの山に捨てましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は 背戸せど小藪こやぶけましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は 柳のむちでぶちましょか
いえ いえ それはかわいさう

  唄を忘れた金糸雀は
   象牙ぞうげの船に金のかい
    月夜の海に浮かべれば
     忘れた唄をおもいだす(注○)

24
「変身するカナリのイメージ」
 空にむかってのびあがり、やがて天空のむこうに吸われていったヤマモモの歌声を追って、一同、口をぽかーんとあけたまま、賛美の声もあげられない。
 それくらい感動した。
 ──西條八十の「かなりあ」の一作が起点となったといえば言い過ぎかもしれませんが、ちいさいもの、弱いもの、はかないものを主題としてつくられた童謡が少年少女の感情を、やわらかく、ときには強くゆすぶる時代がきたのです。
 ヤマモモの解説がひときわ感動をもりあげる。
 いまや冥界の主となったかのような信西入道が、歌謡や童謡にかんするヤマモモの知識と歌の才能を「格別」と讃えたのはまちがいではなかった。
 一同、腹の底から溜息をつくのが精一杯。
 阿波内侍が、天空ではなく、地面に顔をむけて、絶え入るような小声で唄をわすれた金糸雀はと唄ったのは、たぶん、興奮して涙が出そうになるのをおさえるには下を向くしか手がなかったからだろう。
 綺麗な、美しい小声で内侍は唄う。
 
「お願いがある、きいてくれ!」
 激しい声の主はマサヒト親王だ。
 「お願い」と、へりくだった言葉で、じつは命令にちかい感じの言い方だが、だれも命令の言い方とは感じない。親王の懇願に肩入れしてあげましょう、なんなりと、親王さま──こういった雰囲気になっている。
 顔をあげた内侍は同意をもとめる視線を親王ではなく、一同のほうに向け、同意を得たのをたしかめ、ふりかえって返答した。
「みなさまの同意により、わたくし阿波内侍が親王のご上意をいただきます」
 紋切り型の言い方の典型、訓練をうけた跡がわかる。ふつうなら冷たい空気がながれるが、この時、この場はそうではない。
 この時、この場で、親王さまの望みをすこしの欠けるところなしに受け取れるのは、内侍さまのほかにない。
 その内侍が、わざわざ、われら一同の同意を確認する手間をかけたうえで「親王さまのご上意をいただく」と宣言した。これから、ただごとではないことがおこる、なによりの前兆だ。
「内侍さま、どうぞ」
 全権を委任された内侍、後宮に天皇をむかえるときのしきたりにしたがうつりなんだろう、うやうやしく進んで、マサヒト親王の右横、うしろにひかえ、親王の胸、やや下に視線をあてて歩きだした。
 内侍の視線におされて親王が一歩、また一歩とすすみ、三歩で停まって顎をふった。これから先へはすすまぬぞ、の意志表示である。部屋がせまいから、三歩で停まらざるをえない。
 宣言するぞ、のしるしの咳払せきばらいがあるかと一同は期待するともなしに期待したが、咳払いはなく、
「ワレラが学ぶのは歌ごころである。西條八十の「かなりや」にはじまる童謡、歌謡曲に誘導され、誘導されつつも変体かつ変形、そして成長してきた歌ごころにかんするヤマモモ、バンナ両法師の調査、研究と解説を拝聴する!」

25
「つなぐこころ 歌ごころ」
 西條八十の「かなりや」につづいて、おなじヨシヒト親王七年、北原白秋の「赤い鳥小鳥」が雑誌「赤い鳥」に発表された。作曲は成田為三。
  「赤い鳥小鳥」
 1)赤い鳥小鳥   ➁白い鳥小鳥   3)青い鳥小鳥
  なぜなぜ赤い   なぜなぜ白い   なぜなぜ青い
  赤い実をたべた  白い実をたべた  青い実をたべた
 おとなにわからない歌ごころは子供なら理解できる。それを童謡の神髄とよぶが、これはまさに童謡の神髄をはだかのままで歌詞とし、リズムとメロディーを付けたものだ。
 チドリに寄せた歌ごころが、新しい詩によって、実態不詳の赤い鳥の姿に膨張した。実態は不詳だが、印象が鮮明だからこそ、子供には即座にうけいれられる。

 またまたおなじヨシヒト親王七年、鹿島鳴秋の「浜千鳥」が雑誌「少女号」に発表された。作曲は弘田龍太郎。
  「浜千鳥」
 1)青い月夜の 浜辺には    ➁夜鳴く鳥の 悲しさは
  親を探して 鳴く鳥が     親を尋ねて 海こえて
  波の国から 生まれでる    月夜の国に 消えてゆく
  濡れたつばさの 銀の色    銀のつばさの 浜千鳥(注○)

 チドリであることは悲しくはないが、親に離れて孤独を強いられると絶望だ。
 孤独に囚われないためには、親というものが存在しない波の国、月夜の国に逃げてゆくほかにない。
「では、では・・・・?」
「そうじゃろ、そうじゃろ、内侍さま。わたしのような年寄りでさえ、この歌詞の不思議な魅力を感じてしまうと、もう逃げられぬ。内侍さまのように、だれでもかまわぬ、ひとさまに出会ったならば、胸ぐらをとっつかまえて尋ねずにはいられなくなる、では、では、ではと」
「シンコ法師さま、その先を言わずに、わたくしに、どうか、言わせて!」
 内侍は両手をあわせ、こすり、みえぬ法師のシンコに懇願している。たぶん、自分では、懇願の相手はシンコではなくて、シンコの頭上にある天とか神とか、このうえない神聖なコトを相手に懇願しているつもりのはずだ。
 シンコ法師が、緊張の表情いっぱいの顔を内侍にむけ、
「承知いたしました。どうか、どうか、お先に!」
「おゆるしを・・・」
 唇を裂いて出た言葉が地上にとどまっているうちに、内侍はついに、とうとう、つぎの言葉を発した。
「ツキヨノクニ、ナミノクニって、どこにあるの?」
「それ、それ、そうこなくては、内侍さま!」
「西條八十の「かなりや」にも出てくるんですよね、ツキヨノウミって・・・」
 飛んで走れば三歩ですむ内侍との距離でしかないが、つまずいてはならんぞと自分に警報を発し、シンコ法師はゆっくりと二十歩または二十一歩で縮めて内侍のまえで停止、またまたゆっくりと両手をさしだして内侍のからだに触ろうとした。
 シンコの両手をむかえるように内侍は自分の両手をさしだし、歓喜にふるえつつ近づいてくるシンコの両手と合わせ、にぎり、口をひらいた。
「浜千鳥は親から切り離された!」
「そのとおりです、内侍さま!」
「親鳥は子の浜千鳥のために、いつも歌を唄っていました。親鳥と浜千鳥は歌の声でつながっていたのです」
「その歌声がきこえなくなった、そうですね、内侍さま」
「浜千鳥は唄を忘れたカナリヤです。きき慣れた親鳥の歌声がきこえなくなったから、母の歌を最後にきいたのはどこだったか、こころあたりを探しているうちに迷ってしまい、なにも知らない海辺にたどりつきました」
「浜辺を彷徨さまよっているうちに母の声がとどけば、後にもどる可能性はありますが、母の声がとどかなければ冷たい海に出るほか、ありません」
 内侍でもない、シンコでもない、別の、だれかの声。
「そうだっ、波の音を母の歌声とまちがえた」
「ナナザトフミヨの・・・」
「ええーっ、待ってください、親王さま」
「待てぬ。待っていると、そのあいだに忘れてしまうかもしれぬ、そりゃ、たまらん!」
 「そりゃ、たまらん」など、俗人でしか口にせぬ言い方だが、いつ、どこでおぼえたか、マサヒト親王ともあろうひとが興奮と焦りのままに口に出した。非常事態とは、まさに、これ。
「ナナザトフミヨの娘の・・・」
「フミヨの娘なら、名は瞳」
「それ、それ。いつも瞳をおもい、忘れぬために、そうして、いつも瞳につながっていたいために文代は目印の黒メガネをあたえられた」
「西條八十のかなりやは唄を忘れました。かなりやが忘れたのは、どんな唄?」
「忘れたのはかなりやではなくて、かなりやの飼い主、または母親のかなりやでしょうね。そして、母親の唄うのがきこえないから、小鳥のかなりやはいつのまにか母親を忘れてしまい、気がついたときには手遅れ、母と子のつながりが切れてしまった」
「かなりやの母と子をつないでいた歌はヘソノオの比喩たとえではないかしら」
「歌はヘソノオかもしれないっていうのは奇想天外、すばらしいですが、ヘソノオは切れるのが正常、切れなければ赤ん坊は誕生しませんよ」
「そうだ。正常でない状態でヘソノオが切られたら、それが悲劇なのですね」

26
揺籠ゆりかごのうた カナリヤ」
 子守歌に包まれて安らかな眠りにはいる赤ん坊──幸せを絵に描いたようなシーンを想像するとして、さて、その子守歌の唄い手にふさわしいのは、だれだろうか?
 ヨシヒト親王十年、雑誌「小学女生」に発表された北原白秋作詞、草川信作曲の「揺籠のうた」ではカナリヤが子守歌を唄う。
「西條八十の「かなりや」では歌を忘れてしまって、いわばお役御免になったはずのカナリヤが、こんどは子守歌を唄う歌手になったというわけ?」

「揺籠のうた」
1)揺籠のうたを        3)揺籠のつなを
 カナリヤが歌う よ      木ねずみが揺する よ
 ねんねこ ねんねこ      ねんねこ ねんねこ
 ねんねこ よ         ねんねこ よ
➁揺籠のうえに        4)揺籠のゆめに
 枇杷の実が揺れる よ     黄色い月がかかる よ
 ねんねこ ねんねこ      ねんねこ ねんねこ
 ねんねこ よ         ねんねこ よ
                      (注○)
 赤ん坊は可愛らしいが、赤ん坊をあずかって、あやし、寝かしつけてゼニを稼ぐ子守役の少女にとって、なかなか寝つかない赤ん坊は恨み、憎しみの対象ともなる。
 ゼニを稼ぐ子守はよその家の少女がふつうだが、妹や弟の子守役を無料でおしつけられる姉にとっては迷惑な荷物でしかない場合もある。 
 ──わたしの代わりに、歌の上手なカナリヤが子守をひきうけてくれればいいのに!
「でもね、カナリヤが子守役をひきうければ、子守で稼ぐ少女の仕事はなくなるから、少女は困るんじゃないかな」
「この童謡を唄うひとは、赤ん坊と子守役と、ふたつの立場の人間を区別する。赤ん坊は可愛い、可愛い、だから大切にそだてなければならないっていう一点張りの立場よりも感じ方が広くて、深い、そうといえないか」
「赤ん坊のお母さんやお姉さんは、子守歌が上手なカナリヤに頼んでまでもこの子を上手にそだてたい、そういう熱い気持ちがあるのを赤ん坊に知ってほしい」
「赤ん坊とお母さんのつながり、こころのつながり!」
 浅草の借家の空気がスーッと暖かくなったのを、待っていたかのようにヤマモモ法師が、
「つながり、さようです。赤ん坊だけでもない、子守役だけでもない、両方のつながりが童謡の歌詞に出てきた。「揺籠の歌」は「かなりや」より、もう一歩まえに進んだ歌と言っていいのではないでしょうか」

「オカアサマ・・」
 下を向いて、つぶやいた内侍。
 内侍の母の顔、母の声をただひとり知るマサヒト親王、内侍の切ないつぶやきに惹かれて胸がつぶれたか、下を向いて、無言。

「江戸時代から、子守役をとりいれた童謡はあったのです」
 ヤマモモがそういうのをきいて、とびあがったシンビ法師。
「教えてください!」
 ふるいことですから、タイトルはわかりませんとヤマモモはことわって、しずかに唄う。
1)ねんねんよい子だ    3)里のお土産みや
  ねんねしな        なにもろた
   坊やはよい子だ      でんでん太鼓に
    ねんねしな        しょうの笛(注○)
➁ぼうやの子守は
  どこへいった
   あの山こえて
    里へいった
江戸で唄われた歌詞ですが、べつの地方でもおなじ歌詞で、すこし音階がちが唄い方もあったようですとヤマモモはつけたした。
「子守唄がお江戸の土産だった?」
「ありうる、ね」
「農村にも子守をさせられる少女、子守をしてゼニをもらう少女はいる。農村の少女は、子守をしてゼニをかせぐ少女が花のお江戸にいるのを知って、なんておもうのかしら?」
「妹や弟の子守ならゼニはもらえないけど、よその子の子守ならゼニをもらうから、気分はちがうね」
「それなら、いっそのことに、お嫁に行って赤ん坊を産んで母親になれば、どうかしら?」
「子守役の少女がお嫁にいっちゃうのは、つまり子守に捨てられるわけだから、子供にとっては悲劇でしょ」
「子守のいない赤ん坊・・・」
「ヤマモモさん!」
「出てきたのですよ、捨てられるというか、別れさせられるというか、子守と絶縁させられる赤ん坊の歌が」
                         
27
「子守役が消えてゆく」
「ヨシヒト親王十年、詩人の三木露風ろふうが子守役の童謡を発表した」
 ヤマモモ法師はていねいな言い方でタイトルを紹介し、ちょっとの間、目をつぶり、しずか唄いだした。

赤蜻蛉あかとんぼ
1)夕やけ小やけの あかとんぼ
 負われて見たのは いつの日か
➁山の畑の 桑の実を
 小籠に摘んだは まぼろしか
3)十五でねえやは嫁に行き
  お里のたよりも絶えはてた
4)夕やけ小やけの あかとんぼ
   とまっているよ 竿の先
            (注○)

「登場するのは・・・」
「待って!」
 ヤマモモ法師がなにか言おうとしたのを察した親王、
「ねえやとは子守役、少女のこと、だね」
「さようです」
「ならば、言わせてくれ。これほど短い歌詞なのに、子守も赤ん坊も初めと終りと、二度にわたって登場する。ふたりは愛しあっている。子守は赤ん坊を愛している、赤ん坊は子守を愛している、それなのに悲しい別れが近づくのを避けられないとわかっている。無力なふたり、あわれなふたり」
「おそれながら・・・、」
「いやいや、待ってくれ。もうひとつだけ、言わせてくれ。三人目の登場人物、いや、三本めの視線、みえぬ目のひとにとってはこころの綱といえばいいのか、それをワレラは感づかなければならんのだ」
「おおせのとおり」
 法師たちの感覚の矢先がヤマモモと親王と、ふたりに集中してくる。

 そこへ・・・
「ハモリです!」
 大声でなければ浮世にとどかないと錯覚したらしいのは聡明なハモリらしくないが、浅草の宿の法師たちには轟音にきこえたほどの大声で冥界の留守番のハモリが送信してきた。
「親王さまがおっしゃる三本目の視線、つながりというのは、赤ん坊と子守と、ふたりの背中をみている、ワレラの目ですね」
 ざわめき、それは法師総員の同感のしるしだ。
 ヤマモモがハモリの見解を紹介かたがた、一歩ふみこんで解説にかかる。
「赤ん坊と子守とのあいだの、こころのつながり、こころの綱、ふたりにとって何より大切なもの、それが残酷なちからによって引き千切ちぎられのがわかっているのに、防げない絶望、それはワレラの絶望なのです。赤ん坊と子守の背中をみているワレラなのです」
「あわせて三人の絶望が予言されているのに、それを止められない自分の無力を知っている赤蜻蛉は、じーっと竿の先に停まっているしかない」
「残酷な悲劇がおきるのはここですよと予言している、精一杯の、真赤な色で」
「予言が現実になったとき、赤蜻蛉は真赤に燃え、燃えつきて〈これでオワリ!〉と破滅の宣言するでしょう」

28
「青墓傀儡は・・・」
 浅草も冥界も集中と緊張とで神経の疲労がはげしい、これ以上に耐えるのは無理ではないかとおもわれてきた。
 ひとやすみしたい。
 肌から発し、肌で感じる疲労過剰の危険をだれよりも先に知ったヤマモモ法師が、
「シンノウさま」
「なにか、ね」
「うかがって、よろしい、でしょうか」
「ヤマモモさんが、ワレに、なにかお訊ねになる・・・?」
 そりゃ、なにかのまちがいではないか、ものごとを訊ねるならば、ワレがヤマモモさんに、となるのが順当な筋ではないのか──そんな不審をこめた親王の言い方だ。
 きこえないふうをしたのがヤマモモの咄嗟の智恵のようにおもわたが、そのじつ、おもっていることをそっくり親王に語ってもらうには自分から質問を発するのがいちばんの賢明と知ったうえでの仕掛けだった。
「リョウジンヒショウに・・・」
「フェッ!」
 親王につぎの言葉をいわせぬうちに、ヤマモモ、
「『梁塵秘抄』に似たような歌はなかったでしょうか。今様歌の歌詞をつくって唄った青墓傀儡には子持ちの女がいたでしょうし、もっと古くは、万葉集から出て世に流れた歌にも、子をおもう母、母をおもう子の歌がないはずはないと・・・」
「あるとも!」
 あるとも、の語尾が消えぬうちにと親王をそそのかしたのはシンコ法師、たったいま発したばかりの言葉を、そのすぐあとで忘れてしまう老齢ゆえの欠点をわが身の日ごろから知っているからだ。
「子をおもう親の歌ならコレ、という歌が万葉集にございます」
 ゆったりした、それゆえに自信にみちた言い方、ほかの面々の興奮をしずめる効き目がある。
「アレ、じゃな」
「さよう、アレでございます」
 さあ、唄ってくれよの誘導を待つまでもないシンコ法師は、わが意を得たりの表情で琵琶をかまえる、いや、かまえたつもりの手つきを解き、恥ずかしそうに顔色をあらため、唄う。

瓜食うりはめば 子ども思ほゆ 
栗食くりはめば ましてしぬばゆ
何処より 来りしものぞ
眼交まなかひに もとなかかりて 安眠やすいさぬ

「山上憶良おくら!」
「返し歌!」

銀(シロガネ)もこがねも玉も何せぬに
勝れる宝
子にしかめやも

 シンコ法師が唄いおわり、経過というほどの時間はすぎていないのに、控えめなざわめきが起った。
 かすかな疑惑を秘めているざわめきだ。
 ──子供を愛する思いは痛切、憶良の歌をきくワレラのほうが胆を冷やすほどなのに、子の将来に暗雲がたちこめていると案じる不安の思いは感じられぬ!
 ──なぜ、なのか。親と子のつながりの切実、痛切はおなじはずなのに?
 ──万葉の時代の親たちは、子の将来に不安を予想していないから?
 ──親は鈍感?
 ──まさか、ね。
 
「子や子守を冷遇する親はあったのです。冷酷な親ごごろを恨んで唄う清水かつらの童謡「叱られて」が雑誌「少女号」に発表されました、作曲は弘田龍太郎」
 「赤蜻蛉」や「揺籠のうた」の前年、清水かつらの作詞でしたとヤマモモは紹介する。
   
   「叱られて」
1)叱られて
 叱られて
 あの子は町まで お使いに
 この子は坊やを ねんねしな
 夕べさみしい 村はずれ
 こんときつねが なきゃせぬか
➁叱られて
 叱られて
 口には出さねど 眼になみだ
 二人のお里は あの山を
 越えてあなたの 花のむら
 ほんに花見は いつのこと(注○)

「作詞者の清水かつらは子供のころに生母と死別し、継母にそだてられたのですが、いじめられ、淋しい気持ちを赤ん坊と子守の身の上に仮託して作詞したのではないか、などと解説されることが多いそうです」
 ヤマモモの解説にたいし、首をかしげる法師がおおかった。
 親王も内侍も例外ではない。
「ヨシヒト親王のご治世には弱いもの、ちいさいもの、はかないものに寄せる同情や憐憫の気持ちが先代ムツヒト親王のころより豊かになった、そうとはいえないでしょうか」
「ふーん」
「同情は悪くないけど、それだけ弱いもの、はかないものが増えたのなら、誉められない」
「同情を寄せる対象としてカナリヤでは間に合わなくなった──そうかんがえれば」
「カナリヤより、もっと人間に近いもの、それが哀れな赤ん坊と子守の少女──ではないかしら?」
つらいな、こわいな。なみだで喉が詰まりそうだ」
                    (第2部─4・終)